第70回研究例会
日時:2019年12月7日(土曜日)15時~18時
会場:東京大学(本郷キャンパス)赤門総合研究棟7階738号室
最寄り駅:本郷三丁目駅(地下鉄丸の内線、大江戸線)
■アクセス:http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/map01_02_j.html
■建物位置:http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_08_02_j.html
赤門を入り右手の建物です。
▽発表者:大沼巧氏(東京大学大学院人文社会系研究科 韓国朝鮮文化研究専攻 博士課程)
◎題目: 1910~30年代の慶尚南道沿海部における漁場整理と「漁民」の動向
慶尚南道は朝鮮半島でもっとも漁業の盛んな土地の一つだ。そのため、朝鮮時代以来、王室やその徴税請負人、あるいは地域の有力者や地元漁民などの間でさまざまな利権が絡み、後には日本人も進出してきた。そのような点で、大韓帝国期から植民地期に至る過程で既存の利権がどのように整理され、それがどのような問題をはらんでいたのかを考えるうえで興味深い事例といえる。これまでも、植民地期の漁業については日本人の漁業進出と朝鮮漁民の抵抗という観点を中心に研究が進められてきたが、実際には漁業権をめぐる葛藤が民族間対立という側面のみでは説明できない様相で展開した。本研究で明らかにしたいことは主に3つある。一つは、朝鮮時代以降、慶尚南道の漁業権がどのように移り変わっていったのか、ということである。1894年の統営廃止以後、王室やその徴税請負人が漁業権に関与するようになり、既存の権利関係は大きく変化した。さらに、日本人実業家の香椎源太郎が李公家から多くの漁場を貸与されると、一層複雑になった。韓国併合後も慶尚南道の多くの漁場では香椎の支配が続くことになるが、転貸などにより、権利関係は整理されないまま展開した。その様相を明らかにしたい。2つ目は、そのようにして複雑化した漁業の利権に関して、自らの権利を主張する漁民の運動が活発になる。ただし、こうした運動は、その主体や目的、主張の根拠などが異なっており、一括りにできないものだった。本研究では、それぞれについて具体的に見ていきたい。3つ目は、漁業組合の活動について考えたい。植民地期には、慶尚南道にも数多くの漁業組合が設立されたが、それらには漁民運動に参与した人々も含まれていた。また、慶尚南道における李公家の漁場を転貸することもあった。そのような組合の役割や問題点について指摘したい。本研究は、これらを明らかにすることで、植民地期における漁業変容の一側面を論じたい。
韓国・朝鮮文化研究会 事務局
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